2009年7月13日
ケーブルカーの呼称
通常旅客営業を目的とする鋼索鉄道に対して用いられるが、産業用に建設された鋼索鉄道を通常インクライン(傾斜鉄道)と称する。
山岳地帯での材木の輸送、ダム工事現場での資機材の輸送などに多用される。現存する恒久施設としては黒部トンネル端部と黒部川第
四発電所を結ぶ関西電力のインクラインや、高知県安芸郡馬路村にあるもの等がある。過去、最も知られた導入事例のひとつは1891年
から1941年まで運用された琵琶湖疏水のインクラインで、高低差がある水路間で船を往来させるため、京都市の南禅寺船溜と蹴上間の
傾斜区間に軌道を敷設し、ワイヤーで牽引される「船受枠」という台車に船を載せ昇降させた。なお、上記の馬路村のケーブルカーの
ように、産業用に建設されたインクラインを旅客用に転用したり、復元したりしたケースで「インクライン」の呼称がそのまま使用さ
れることがある。
現存する世界最古のケーブルカーは、サンフランシスコで1873年に建設されたケーブルカーである。急坂の多いサンフランシスコにお
いて、技術者アンドリュー・スミス・ハレディーが馬車に代わる輸送機関として考案し、建設した。その後、急坂のある地域で路面電
車に相当する公共交通機関として全米、さらには米国外の主要都市に建設された。また、山岳における公共交通機関としても建設が進
められていった。
日本では1918年に開業した生駒鋼索鉄道(現在の近鉄生駒鋼索線)が最初のものである。大正時代末期から昭和時代初期にかけてロー
プウェイとともに全国各地に建設された。しかし昭和恐慌による観光需要の激減により新規建設は途絶え、さらに第二次世界大戦末期
の戦局悪化により、もともと観光を目的としたものであったケーブルカー路線は大半が不要不急線に指定され、休止に追い込まれた。
生き残ったものは山上にも町があり、観光以外の需要があるものだけだった。
戦後、1950年代頃から生活水準の回復・向上に伴い、観光需要が増加してきたため、不要不急線として休止されていた路線が復活した
り、新規に路線が建設されたりした。しかし1970年代以降は、どのような地形でも建設できるうえに、土地買収が少なくて済み、環境
破壊も少ないロープウェイが、新しく建設される登山用交通機関の主役となり、かつ国内観光需要が頭打ちとなったこともあり、ケー
ブルカーの新規建設は止まった。平成に入ると、モータリゼーションの進行(多くのケーブルカー路線は並行する観光登山道路がある
)や国内観光需要の低下・観光スタイルが変化してきたこと(以前多かった寺社観光が減少したため、山上の寺社参拝のための路線が
影響を受けている例など)などから利用客が減少するようになった。また、ロープウェイと異なり、現在は日本ではケーブルカーの量
産や新規設計は行われていないために、古い設備の更新には多大の資金が必要であることもあり、箱根登山鉄道鋼索線のように、外国
(スイス)から設備を輸入して更新した例もあるが、逆に資金負担に耐えられずに路線が廃止されたところもある。
かつては、旅館内に敷設されたケーブルカーの一部にも地方鉄道法に基づく正式な鉄道扱いのものがあったが、現在では長大なエレベ
ーターやエスカレーターが設置可能になったこともあり、すべて廃止されている(鉄道扱いでないものは、今でも各地に現存している
)。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
日本のケーブルカーの歴史についても調べてみました。
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